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暇なときにでも

日々起きた出来事やふと思いついたことを書きます。たまに本、映画、広告のことも。

たかが眼鏡されど眼鏡

かつて青年は言った。

 

『人が眼鏡をかけているのではない

 

眼鏡が人をかけているのだ』と。

 

今回はそんな眼鏡に魅せられてしまった青年の苦悩の物語である。

 

と始まりたいところなんですが。

 

まず最初に言いたいことがあります。

 

「実は眼鏡フェチなんですよ」とカミングアウトしたときの

 

若干の不穏な空気が漂うあの感じをどうにかしてください。

 

言うなれば眼鏡フェチというのは

 

神様のちょっとした悪戯によって生み出された存在なんですよ。

 

たぶん神様がパワプロサクセスモードみたいなもので、本来は打撃力や走力のパラメータ―を上げないといけないところを、眼鏡女子とのイベントに費やしすぎた結果として出来上がった選手なんです。

 

突然メガネスーパーを襲ったりなんてことはしませんので、暖かい目で見守ってもらえると助かります。

 

では少し話が逸れてしまいましたが本筋に戻ります。

 

先日、後輩がこんな話を振ってきました。

 

後輩「最近私コンタクトに変えたんですよ」

 

女性との会話検定初級レベルのおれでも分かります。

 

『眼鏡だった頃と比べてどうですか?』

 

という質問が言葉の裏に隠されていることぐらいは。

 

そして褒める類の返答を待っていることぐらいは。

 

しかし

 

ここで眼鏡よりもコンタクトの方がいいと言ってしまうということは

 

キリスト教徒がイエス様の絵を踏んづけるに等しい行為なんですよ。

 

それはこれから先ずっと言い知れぬ悲しみを背負いながら生きていくことを意味します。

 

かといって眼鏡の方がよかったなんて言えば

 

今後の関係がギクシャクする可能性大。

 

世間一般から見れば可愛くなってるんだと思います。

 

でも眼鏡の魅力には惜しくも及ばずだったんですよ。

 

前門のコンタクトレンズ、後門の眼鏡とはまさにこのこと。

 

この絶望的な状況から導き出した答えは。

 

おれ「いいんじゃない」(実際)

 

と見せかけて。

 

おれ「(眼鏡の方が)いいんじゃない」(心の中)

 

完璧な作戦だった。

 

後輩は自分は褒められたんだと受け取り、おれは自分の気持ちに嘘をついてません。

 

普段のおれだったらこんな打開策は思い浮かびもしませんでした。

 

きっとこれも眼鏡のおかげなんでしょう。

 

眼鏡は人間に秘められた更なる力を引き出すことができるのかもしれません。

 

未だその実態を掴めていない眼鏡に纏わる謎。

 

いつかその謎が解き明かされる日はやってくるのでしょうか。

 

そしてそのとき人類は、何を知り、何を思うのでしょうか。

 

残念ですがお別れの時間がきてしまったようです。

 

次回の眼鏡ミステリー特捜部が追う謎は

 

時東ぁみはもうちょっと人気が出てもいいんじゃないか』です。

 

ではまた来週~!!

 

・・・。

 

逆に聞きましょう。

 

何ですかこれ。