身の毛もよだつ西武池袋百貨店の話【後編】
鍵がひとりでに開いていく。
そんな光景をSはただ茫然と見つめていた。
カチャッ。
鍵は完全に開かれた。
次に開かれるのは当然…。
キーッ。
「・・・」
個室の前には見知らぬおじさんが立っていた。
「もう我慢できなくて・・」
おじさんの言い分は極めて簡潔だった。
「だからって非常識ですよ!」
Sの言い分は極めて正論だった。
ただしこのときSは下半身丸出しである。
下半身丸出しの男の口から出る正論ほど矛盾したものはない気もする。
そうこうしている内に強引にでも個室に入ってこようとするおじさん。
必死におじさんの特攻を阻む下半身丸出しのS。
そこは若さの力で何とかおじさんを外まで押し出し、
再び扉を閉め鍵をかけ直すことができた下半身丸出しのS。
まだあのおじさんは外で待っているのだろうか。
外に出たらまた一悶着あるんじゃないか。
そんな不安に駆られながらも下半身丸出しのSはズボンを上げた。
そして扉の鍵に手を添える。
そう言えばどうしてこの鍵はひとりでに開いたんだ?
いや、今はそんなことよりもおじさんだ。
カチャッ。
鍵は開けた。
次に開けるのは当然。
キーッ。
「・・・」
誰もいない。
誰もいなかった。
まるで何事もなかったかのような静けさに包まれた空間。
おじさんは別のトイレを探しにいったんだろうか。
ドクンッ。
嫌な感じがする。
ドクンッ。
後ろからだ。
ドクンッ。
後ろを振り向いてはいけない。
ドクンッ。
でも、確かめたい。
ドクンッ。
後ろを振り返ったSは見てしまった。
ドクンッ。
ドクンッ。
ドクンッ。
Sが使っていた以外の個室は全て空いていた。